家の記憶 二

 伯母の家の広間は庭に面していたのに対して、茶の間は反対側の坂道に開く窓があった。ここには坂道を行く人々の影が映り、ここから話し声が聴こえたはずだ。
 この部屋には昨日書いたように掘り炬燵があったはずだが、その記憶がいたってあいまいなのは、あまり使われることがなかったからなのかもしれない。しかし、その中に潜り込んで完全な闇の世界を体験したことだけは、鮮明に覚えている。
 この茶の間にはその先の台所の近くに電話があった。水仕事をしているときに電話が掛かってきてもすぐに取れるように、この場所に置いたのだろう。ダイヤル式の黒電話である。まだほとんどの一般家庭にはなかった時代で、子どもにとっては好奇心をそそる恰好のおもちゃとなった。
 なぜか受話器を取らなければダイヤルをいくら回しても許されたので、私は長い時間、それを回し続けた。ジージーという音と指に伝わる不思議な感触に、私は時間を忘れることになる。ほとんど半世紀前の話である。