五反田今昔ストーリー その五

 同僚のその階段を昇る姿は堂々としていて、自信たっぷりな様子。まさに人生の目的そのものにまい進しているように営業担当と私には見えたのでした。
 よってここが我々にはまったくふさわしくない高級フランス料理店なのではなく、街場によくある洋食屋なのではないかと思わせるのに十分ではないものの、自分たちの認識にかすかな戸惑いを生じせしめたのも事実だったのです。
 そんな二人は顔を見合わせつつも、えーい、どうにでもなれとばかりに彼の後を追いかけて、そのゴージャスな扉を開いてしまいました、とさ。
 しかし、はい、どうにてもなれなかったのでした。
 そこは門構え以上に、五反田(失礼)にあるまじき、リッチでエレガントなフレンチレストランであって、校了日のズタボロ衣装の編集者二人と、吊るし背広の印刷営業が入る場所ではありませんでした。
 すでに先客がいて、席について料理を楽しみに待っているという体のその姿はほぼフォーマル、それを目撃した時点で、かの同僚はすべてを理解して、歩みを180度旋回すれば、それでよかったものを、彼には人生のかの目的のみしか見えていなかったらしく、なんたることか、ドカリと席についてしまったのです。
 その瞬間の店内の室温は間違いなく四度ほど下がったに違いありません。