五反田今昔ストーリー その六
あーあ、やっちまったわい、と営業氏と視線を合わせつつ、そのま白きテーブルクロスに目を傷めそうになりながら、そこに座ってしまったのでしたが、かの同僚はことここに及んでも、事態のほど理解できずにいるようで、テーブルの隅に両手を伸ばして、ウェイター氏がやってくるのをただ待っているのでした。
しかし敵もさるもの、とんだ闖入者であることが一目瞭然なる我らを見ても、なんら慌てることなく、
「こちらの店はコース料理のみのご用意となりますが、よろしいでしょうか」といろんな意味を含む微笑みで、各人の前にグラスを置き、水をサーブしたのではあった。
ここでどうやら同僚も本質を認識したようで、
「うっ、いえ、あの、その」と、的確な返答でその場を正しく処理するのだった。
ウェイター氏は、さらにいう。
「あっ、コースはおひとり様、二万円からとなっております」
そしてどこからかパンを取り出しては、各人にサーブするではないか。
「もし、ご都合がよろしくないようでしたら、パンだけでもご賞味いただければ、当店の味わいをご理解いただけるものと存じます」
すると同僚はそのパンをちぎっては食べ始めるではないか。
もう降参である、と営業と私は、「どうもすみません……」などといいながら、慌てて席を立った。恥ずかしさは頂点である。そして足早に店を出て、階段を駆け下りた。くだんの同僚はその後をゆっくりと、まるで人生の目的を失ってしまったかのように降りてくるのだった。