五反田今昔ストーリー その八

 考えてみると(ホントに考えているのかなぁ)、学生時代に通って五反田の飲み屋というのは、数が知れている。
 まずはすでに書いた坂の途中の今は無き、大力。そして五反田というよりは、ほんどと大崎広小路の大橋家(だったと思うがうろ覚え)、ここは他よりも少し高くて、すぐに財布との相談が必要となり、焼き鳥のタレを串に着けてはそれをしゃぶっているという先輩諸氏がいた。
 そして学生後期によく通った大平山はたぶん今も健在だが、学生前期に何度かいった飲み屋の名前ではなく、飲み屋街のそれの、あの新開地は跡形もない。
 新開地は五反田駅の大崎側のガードを山手線の外側にくぐって、目黒川にぶつかる手前を左に降りたあたりにこごって付いている何軒かの小さな飲み屋の総称だったはずだが、誰がとこでそういったのかはまったく記憶していない。
 通ったものそのウチの一軒だけだが、とにかく、貧乏学生が申し訳ないと思うほどに安かった。
 確かカウンターしかなく、しかも中央のカウンター以外には、壁に十五センチほどの棚があるだけの場所で、どこの何だかわからない日本酒をちびちびとやるのだった。
 その店には当然トイレもなく、近くの公共トイレで用を足すのであったのだが、これでも客がトンずらしないほどに安かったという店である。
 この店でもある出来事が起こったのだが、それはまた今度。