五反田今昔ストーリー その十

 あーあ、またぼーっと五反田界隈をふらついてしまったわいと、いっておいて、話の続き。
 あの頃の貧乏学生にとって、世のおっさんたちのフトコロといえば、まさにフルジョワーそのものだったのである。もちろんたぶん五反田一リーズナブルな新開地の安飲み屋の客であっても、その概念は貫かれている。
 ということで、彼らはその天使、改めおじさんの恩恵を快く拝受することにしたのだった。
 しかもそのおじさんはボトルキープよろしく、日本酒の一升瓶を小脇に抱えて、どこかに注ぎたくてたまらないようす。
 その注ぎ口としては、彼らのコップである。日頃からコップ酒を一センチずつチビリチビリとやり、桝に残った数滴も残さず、喉に至らしめるという夜を過ごしていた彼らにとって、一升瓶の口先はパラダイスのミューズの口元であったのだ。
 しかし自他ともに認める酒好き学生諸氏ではあったが、いかんせん飲酒歴は非合法時代を含める者がいたとしても、せいぜいが三年ほどで、まだまだ鉄の胃袋にまで鍛錬していなかった。
 かくして、やがて心地よき時間は過ぎ去っていくが、一升瓶を抱えた天使、改めおじさんはカウンターからみをのり出して、誰かのコップが空になるのを、今か今かと待ち受けていたのだった。その形相はあいまいな風景と化した視界の中で、柄杓を持った海坊主にも似ていたという。