五反田今昔ストーリー その十三

 しかし、とあるエピソードを虚実入り混じりで簡単に書こうとして、なんでこんなに長くなるのだろう。と、文才の無さをしっかし確認しつつ、救急車は夜の品川をひた走る。
 その車には先輩の一人が同乗し、他のメンツはタクシーで搬送先の病院に向かうこととなった。冬(だったんです)の夜風が彼らの酔いを急速に醒ましていく。
 病院に着くと、一人が機転を利かせて、倒れた御仁の実家に電話を入れた。彼は下宿ではなく、親の家から大学に通っていたのだ。
 その頃、救命救急室の運ばれていた御仁は何人かの看護婦さん(当時はもちろん看護師さんではありません)に囲まれて、検査と治療の常備のために身体中を触られていた。もし彼が覚醒していたら……(樹種規制発動)。
 で、さっそく一人の看護婦さんが、大きなハサミで彼のコートを切ろうとしている。それを押し止めたのは、いっしょに救急車に乗ってきたメンツだった。
 御仁はかつて冬の初めに彼にこういったのだった。
 「奮発してコート買っちまったよ。いいだろうコレ」
 それを聞いた彼は、ちっともいいとは思わなかったが、とりあえず言葉を返した。
 「ああ、似合っているな、ソレ」
 そういうと、御仁はいつもは見せないような笑顔を彼に向けたのだった。
 だから看護婦さんのハサミを見て、彼は条件反射的に御仁とハサミの前に立ちふさがったのである。