五反田今昔ストーリー その十五
はい、私は現場にはいませんでした。これは伝聞を元にした錯綜、じやなくて創作です。例え似たような事象がかつて存在していたとしても、それとこれとは何の関係もありません。唐突な口上、終了。
で、続く。
H氏はかのコートをまるで自分の子どものように抱きかかえて、廊下の椅子に腰を下ろした。まだ温かいそれだったが、近づけるとすえた臭いがしたので、自分の横に離して置いていると、病院内をさまよった挙句に、やっと到着したらしい他のメンツが駆け寄ってくるのだった。
「K(かの御仁のことをこれからこう呼ぶ)はどうだった」
「今、救命処置中だろう」
「いや、よくわからん。ただ運ばれてきて、これを脱がして、そしたら奥に運ばれていった」
Hが指さすそこに、ぼろ雑巾のようなKの高級コートが、まるでこれから燃えるゴミとして捨てられるように、ただ放置されていた。みんなはそれを一瞥しただけだ。
「そうか。とにかく、もう安心だよ」
「でも、血を吐いていたんだぜ、胃が破れていたのかもしれない」
「胃ならまだいいが……」
「えっ、他にどっか敗れるとこあるのか」
「いや、わからんが……」
「オレ、あいつの家に電話を入れたぞ」
「それで向こうはなんていってた」
「とにかく駆けつけるって」
「あいつの家って、×○県の▼□(あえて秘す)だろ、遠いな。もう電車はないだろし……」
「タクシーを飛ばすっていってた、な」
そのとき救急患者用の玄関ドアが開いた。そしてそこから五十代の男女が、世界の悲しみのすべてを背負ったかのように歩いてきたのだった。