五反田今昔ストーリー その十九

 さてくだんの小さな安飲み屋街、五反田・新開地だが、現在はそのよすがを感じ取ることはまったくできない。普通、古い建物が取り壊されると、別のモノが建てられる。例えば、前に触れた目黒の巨大飲み屋街全体は、今、大きな建物になっているわけなのだが、新開地のあった場所を、はたしてとグーグルの地図で探ってみても、なんとそこには何もない。ただ広めの歩道があるだけなのだ。
 そのあたりを勝手に推測してみると、あの目黒川沿いの土地は戦後の闇市よろしく、そういった業者がバラックを建ててしまったことが、その発祥なのではあるまいか。それが証拠、というわけではないが、店にはトイレがなく、それぞれ用を足すために、近くの公衆トイレにはせ参じていたのだった。
 その真偽は別として、かつて通っていた昔の風情を残していた店は、もうほとんど残っていない。
 ただこの新開地は映画の中にほんの一瞬だけ痕跡を留めている。
「私が棄てた女」という、遠藤周作の小説とはほぼ内容を異にする古い日本映画に登場する、たしか主人公の女性が勤める店はこの新開地ではなかったか。