五反田今昔ストーリー その二十一

 なぜか、頭の中で、♪暦の上ではノーベンバー♪、とGMTもどきが歌っているのだが……、というネタは、すでに使ってしまっているが、ついつい使いたくなる今日この語、皆さんはいかがお過ごしでしょうか。
 と、イニシエの五反田の魔宮に入り込んで、なかなか現世の戻ってこないので、核となると、また日付の上ではオクトーバーの24日、と、またのちに意味不明になることを綴りつつ、五反田の続きなのでした。
 さてくだんの悪ガキであるところの先輩、ここでは仮にTとしておこう。このTはまた大の牛丼好きだったのだ。
 当時のファーストフード店は今は昔、といっても今も同様なのだが、吉野家ガリバー型寡占状態(ととつぜん経済学用語)にあった。そこに果敢に挑むというか、漁夫の利を得ようとするのか、あるいはやみくもに業態を広げようとしたのか、はわからないが、昨日書いたように、居酒屋チェーンの養老の瀧も、その列に加わったのだった(たぶん三つ目)。
 ちなみに吉野家的店舗としては、たつ屋というのもあったはずだが、昨今見かけることがないので、撤退したのか、あるいは記憶違いか。
 ということで、そのTが「養老の瀧では牛丼を出前しまう」とのチラリをあることを思いついてしまったのだ。
 ということで、また前置き&リフレインだけで、今日はおしまい。
 あっ、昨日もまたいつものごとく文章が間違っていたので、直しておきました。