不必要の必要 その二十一

 友人の部屋で「大人の本」を見て、あわてて書店に飛び込み、買った本の四冊目が、NHKブックスの『SSTの科学』である。今までの三冊もにその時代を現していたが、その点でこれに勝ることはないだろう。
 あの頃のSST、つまり超音速旅客機といえば、アポロとともに科学少年たちのあこがれの必須アイテムだったのだ。
 最初にイギリスとフランスの共同開発として明らかになったのが、コンコルド(イギリス的にはコンコード)。その瓜二つのカタチで登場したのが、ソビエトのツポレフのTU144、しかしアメリカはボーイング案、ロッキード案などいろいろと噂があったが、実際の開発は遅れていて、その中には可変翼を用いるのもあった。
 しかし結局、唯一運行したのはコンコルドのみ。それも墜落事故や営業不振などで撤退。ツポレフはみんなの見守る航空ショーで墜落し、そのまま開発中止。アメリカに至っては、実機を制作することなく頓挫してしまったのは、ご承知の通り。
 しかしこの本が書かれたのは1969年で、まだSSTが時代との蜜月を楽しんでいた頃だ。SSTが話題を集めたのは、超高速よりもその三角翼のフォルムが美しかったことによる。超音速というのも、その言葉の感覚に惹かれはするが、飛行時間の短縮そのものにあまり興味はない。人々はそのカタチと言葉の感覚に未来を夢見ていたのだろう。しかし美しさやニュアンスに利便性はない。
 今、SSTのことを考えてみると、いちばん興味深いのは、このような利便性が有効ではないと予測される構想が、どうしてまがりなりにも実現したのかということ。それもまた時代のせいなのだろうか。
 私見だが、旅客機はどんどんと不格好になっている。それがSSTのように流麗なものになるという気配はまったくない。もう旅客機に夢を見ることはできないのだろう。少なくともこの本のようには。