皆既月蝕拾遺 その二

高校時代、写真部の暗室を借りた。オレンジ色の光に満たされたそこでの紙焼き作業は、おごそかな儀式のようだった。
 引き伸ばし機の光源近くのフォルダーに、月が写ったモノクロネガのフィルムを差し込み、ピント調整をする。フレームの映像を見るだけでは、不正確なので、天頂プリズムのような小道具を光源に当てて覗きこみ、降り注ぐ光の中の像を確認する。そこにくっきりとザラザラしたものが見えれば、引き伸ばし機の焦点は合っていることになる。
 そして印画紙に決められた時間だけ光を当てる。欠け際のクレーターの部分には何度か手てせ光を遮り、よりはっきりとした影になるよう、蔽い焼きをする。
 次にいよいよ印画紙を現像液に付ける。竹のトングで紙を沈めて、揺する。液が波立つと同時にゆっくりとただの白い紙に像が現れる。黒い背景に輝く半円。それはやがて真っ黒な宇宙に浮かぶ輝く灰色の月となる。そのとき、現像液パットの深さ二三センチに揺れる月面を映した印画紙は、まるで宇宙に続く窓辺のようだった。

★欠始めの頃の月。マンションの窓から手持ちで撮影。この安易さ。あの時代の自分なら、月蝕という現象をばかにしているぞ、と思うかも。