皆既月蝕拾遺 その四

 いつものように曖昧な記憶でそれがいったいどんな季節で、平日だったのか休みの日だったのかもわからない。ただはっきりしているのは、それが満月の夜だったということだけだ。
 高校二年生だった。その日も皆既月食の夜で、天文部の一年先輩とふたりで校舎の屋上にいた。月に向けていたのは、さらに名も知らない諸先輩たちが作った主鏡の直径が20センチ程度のニュートン反射望遠鏡だったはず。
 昨日書いたように接眼鏡とカメラレンズの軸を一つにする。カメラはもちろん一眼レフ。シャッターの振動を少なくするために撮影時はミラーアップするので、撮影の瞬間はカメラのファインダーから、ピントや画角に入っているかを確認することはできない。ただ入念にセットした副鏡に頼るだけだ。
 レリーズでシャッターを押すのは先輩だった。ミラーは動かないので普通の写真を撮るときは微妙に違う音がする。
 半影に入る前から3分ごとに撮影する。私が副鏡と時間を確認し、先輩は手早くミラーを降ろしてピントを確認する。まだモータードライブはなかったから、月はどんどん移動する。いや地球は急速に回転する。
 やがて皆既となった。周りに星々が静かに現れる。
 そして光が膨らんでいく。やがて満月が屋上を白く照らし出した。 
 その間、いったい何枚の写真を撮っただろうか。フィルムはモノクロではなくカラーポジ。その多くを満ち欠けの順に揃えて、先輩は「天文ガイド」に投稿した。私たちが撮った写真は他の多くの人たちが撮った月の蜜満ち欠けといっしょに、一枚だけ掲載されていた。

★皆既中の月を手持ちで撮ろうというんだが、まったくのアホ。まるで酔っ払った火星みたいになってしまった。今日も高校時代の自分に笑われているようだ。