五反田今昔ストーリー その二十五

 そしてサークルBOXにいた面々は、大いに反省するのである。ちょっとした戯れのつもりが、ちゃんとした大人にエライ苦労を掛けてしまった。そのことをわかっていながらも、その出前のおじさんは、ただその仕事をこなして、また自転車に乗って帰っていった。まったく恥ずかしい限り、まさに愚かであったのだ。
 さて、その時の牛丼はどんな味がしたのだろうか。はい、私は牛丼主義者の呼びかけに応じなかったので、食べていません。
 そんな養老の瀧の牛丼もいつしか消えてしまい、そこは普通の居酒屋となって、またいつしかその店自体も消えていった。
 五反田から、あの大力がなくなり、新開地になくなり、養老の瀧がなくなり(失礼、ホントは養老乃瀧だったのですね)、よくパスタならぬ、ほぼうどんのスパゲティを食べた茶店のモデルンやニューモデルンも(たぶん)なくなった。
 そんななくなったものばかりの五反田だが、残っているものも少しはある。その一つが、太平山という居酒屋である。